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Nacky(Issei Ishii)がDJ/Composerのようなふりして書き散らすblogサイト
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2006-02-02
番組について書かれているんだけどDJプレイやモノづくり全般に当てはまることがあるなと思った.
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金持ち、勝ち組、インテリはテレビなんか見なくなった - 日経ビジネスEXPRESS
大橋巨泉インタビュー
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テレビは貧者の王様か
ここで上の記事を知った.小寺さんの共感と冷静な(?)指摘.
もちろん前者は大橋巨泉のインタビューなのだから,巨泉視点で書かれている.言ってしまえば古い人間なので現在の日本のテレビ事情に合ったことが言えているかはわからないし,テレビを作っていた側(巨泉)と見ていた側(我々)という大きな立場の違いがある.
しかし何か感じるものがある.
今の番組の作り方が「ヒットする要素・素材をいかに組み合わせて大きなヒットを狙うか」という方法論の枠内で考えられているのに対し,昔の番組の作り方がもっと冒険的で,方法論的部分は個人の経験に任せられていたけど,作る側も見る側も楽しそうな気がする.
まだ自分は30年も生きてないし地元秋田はテレビ局も少なかったので昔の番組に関しては薄い記憶と想像でしかないんだけど.
つまり,効率的な手法を使って組み立てられるようにはなったけど,同時に冒険的な部分を失ってしまったのが「今の番組」なんじゃなかろうか.(上記のように論拠は薄いんだけど)
しかし同様のことがクラブ業界にも言えるんじゃないかと思ってしまう.
しかもビジネスレベルでやっているクラブもそうだし,下層で小さなパーティをやっているところでも同じ気がしてならない.
もっと面白いものをひねり出すというアイディアとエネルギーが足りない.
方法論通りにやれば形だけは出来上がるというのは,効率的で良いことではあるが,そこに詰め込むものが良いものでなくても出来上がってしまう,やっつけ仕事の大量生産を許す場を作ってしまったのかもしれない.(アドルノが商業音楽をパーツの組み立てで何も面白くないと否定したように!)
しかし 効率的生産/大量消費でつまらんものがたくさん出来上がる→個性がなくなる→個性のない小さなものの羅列から感じられる作品が出てくる という流れもあるはずで,別に悲観することじゃないのかなぁとも思ったり.でもそこには何かを作ろうとするアイディアとエネルギーが別のレイヤーで必要になるよな.
つまり結論は
コピペはスペースを埋めるのに効率的だけど産みの苦しみがないものは面白味に欠ける
ということか?
なんかいつもの話になっちゃったな(笑)
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2006-02-01
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茶箱ラジオ - 茶箱の缶詰
明日(2月2日木曜日)21:30~23:00に茶箱から生放送でお届けします.
ネタの投稿メールもお待ちしてます.
上記サイトからフォームで送ることもできますので是非.
2006-01-18
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「大衆は無知であれ!」 - メディアが作り上げる知の格差とマッチ・ポンプ
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「本当は賢い私」 - マスコミに責任転嫁したい知的怠惰
(
ExTEND日記より)
上の記事は今のマスメディアは自らを
Big Brother化したがってるんだよねーと読める.ライブドア関連で保守的な発言をするテレビ局のトップの話を聞くとそう思える.参入障壁を高くする事で自らを守るタイプのビジネスはみんなそうだよな,とか思う.
で,下の記事は本当にマスメディアが大衆を陥れようとしているのか?大衆は自分でそれを回避しようとしてないんじゃないのか?という疑問.(上の記事のコメントにも数件同様の主張が見られます)
確かに情報を発信することにも労力がいるし,情報を取捨選択して読み取っていく事にも労力がいる.マスメディアという情報のゲートキーパーのやっていることは「(面倒な/素人には難しい)取捨選択をしてくれているありがたいこと」であると同時に「自分の望まざる取捨選択を勝手にしてしまう迷惑なこと」でもあると言える.
たくさんの情報を得て,それを取捨選択するという多大な労力をどうカバーするか.マスメディアは確かにその一助となるが,そのリスクもある.
そしてパーソナルコンピュータ(今だとインターネットといったほうがいいか)は自ら情報の取捨選択をする場合の有用なツールであると捉えることができる.
「Appleのおかげで『1984年』は来なかった」
(大学の授業で見せていただきました)
コンピュータがBig Brotherの支配体制を打破する鍵なんだとは思うが,さて実際を見てみると,そこにも「無知である大衆」はいる気がするんだな.つまり
「ブログの読者やはてなブックマークの利用者なんて、こうやっておだてておけばイチコロ」
これの対象者.
じゃぁ一体どうすればいいんだよ,と言われても俺もわかりません.
ただ,マスメディアにしろネットの情報にしろ,好き嫌いや信頼性に基準を置かねばならない(既に無意識にそうしていると思います)と思うのです.
プロを名乗ってきたマスメディアはなぜ信頼できるのか,信頼できる事になっているのか.
非プロとなるネットの情報やブログもなぜ信頼できると思うのか?
#
メシを食う時にどの店を選ぶかのような感覚になってきた.
自分でメシを作るという選択も含めて,どれが一番良いか,うまいか,手間がかからないか,手間をかけてもいいか.
2006-01-17
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インターネットの流行モデル - 東京(仮)
やっぱり注力してコンテンツ作る人がいないとダメなんだろうなぁ.
しかもインターネットラジオは多分現状のAM/FMのラジオを超えるアイディアやクオリティが必要になってくると思われる(高音質とかじゃなくて,何かアイディア的なもの).
そしてもう1つのビハインドが音楽の扱い.著作権的に個人が流しまくるのは厳しいあたりとか.
そんな中木曜日は
ラジオ「茶箱の缶詰」があります.
トーク中心に雑談しながら今後のクラブシーンを考える感じでやります.
投稿も受付中~.
2005-12-22
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サイトがローカルディスクに還る日(ある死とテキストサイトの消滅によせて) - 小心者の杖日記
お付き合いのある人が死んでしまう事について初めて考えさせられたのは高校生のころにパソ通をやっていた時期からだろう.
弘前大学生協のBBSだったかで「生存証明」という書き込みがたくさん(笑)あったのを見たり,もっと後になると
X68kのSTedの作者TURBOさんの死が草の根BBSを駆け巡ったのを見た時とか(でもPC-VANの魔女話とかはあんまり興味なかったな).
# 「生存証明」は軽い意味で,「しばらく書き込みとかアクセスがありませんでしたが生きてますよー」という表明の書き込み.
つまりはリアルに(この表現はおかしいか,非ネットつながりの,としたほうが良いか)友人が死ぬという経験がない俺はお付き合いのある人が死ぬ,ということをネット上から先に{知った|考えさせられた}わけだ.
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