「好きなDJが回すからイベント(or箱)に行く」のと「好きな曲がかかるからイベント(or箱)に行く」のは違うよな,とか思うわけですよ.
「同じ曲を使っていても回すDJによって表情とか空気がかわってくる」というのはよく言われるけど,その表情とか空気なしにプレイしちゃったらどうなっちゃうんだろう,とか思うわけですよ.
確かにDJにはフロアの雰囲気を掴んでそれに合わせてプレイしてあげることも重要だろうけど,それ以上にフロアに「自分の好きな曲とか流れがコレなんですよ!」とアピールする感じが必要なんじゃないか,とか思うわけですよ.
「みんなが好きな曲だからかけます」だけだったらジュークボックスでも置いておけばいいという話になります.
「みんなが好きなこの曲だけど,こんな感じでかけたらどうですか?」とフロアに問いかける姿勢が感じられないと,客の心もDJのほうを向いてくれない,とか思うわけですよ.
「うお,○○きたー!」(その曲がかかってうれしい)感覚も大事だけど,それ以上に「うお,ここで○○が来るか!」(驚きつつ,すげぇ!と感動)という感覚があってほしいです.DJにも客にも.
とか思うわけですよ.
先日
沖野修也の「DJ選曲術」という本をちらっと見ましたが(今度実物が来ます),ロジカルな切り口で面白かったです.今後参考にもなると思います.
でも一番熱かったのはまえがきとか最初の部分で,選曲という行動に意味を与えているところ.ここだけでも読んでもらいたい.
上で「誰でもいいならジュークボックスでいい」と書いてますが,実際のところジュークボックスは「選曲」してくれないんだよね.お店にあるジュークボックスだって,カラオケでみんなが順番に歌ってる時だって,「選曲」してるんだよなー.
DJなんて行動そのものが選曲であるはずなのに,「選曲」できないDJってのもいるんだなーと最近思い知らされる出来事があったりして,ついでに自分のプレイでも「選曲」できてないときがあったりして,そのへんを見つめなおさないとなぁと思ってます.
しかもそういう人に限って金に汚いw
音楽が心底好きだからDJしてるんじゃなくて、DJしてる自分が好きだからやってるように思えました。
音楽とクラウドへの愛が感じられないプレイだけはしないように心がけてます。大変に難しい時もありますけどね。
その本、読みたいですね。