たまたまの巡り合わせで「アキバ系」が多い飲み会に行きまして,なんか頭がぐるぐるしちゃったので書き始め.
自分は
秋葉系イベント「SS|EX」というものに出演させてもらってます.
主催はモロには言いませんが,「今世の中にはびこる『アキバ系』は何か違う!僕らこそ真の秋葉系だ!」という思いを込めてイベントをやっております(たぶん).
出演しておきながらなんですが,毎度思うのがそもそも秋葉(orアキバ)系って一体なんなのよ?ということです.
その昔(といっても21世紀の話),
上野俊哉さんが茶箱のイベントにカウボーイ・ビバップのスパイクのコスプレ(とは気づかないぐらいふつーのカジュアルジャケットだったが)をして出た際に,その場の学生らしき人と「タケノコ族,暴走族,さまざまな族がいたけれど,最後の『族』はなんだ?」という問いをしていた.それは「オタク族」だった.
次に上野さんは「じゃぁ,『族』が滅んで次に来たのは何か?」と問うた.それは「系」だった.
確かに自分の記憶(それを形成しているのは当時のマスコミの表現もあるだろうけど)と照らし合わせると,オタク族の次は渋谷系,原宿系,裏原(宿)系,……そしてアキバ系だったかもしれない.
では「族」と「系」は何が違うのだろうか.
自分のない知識からざっと考えると,族は同じことをする人たちで,系は似たようなことをする人たち,もしくは似たような場所にいる人たち,と考えられる.
最初は族でよかったものが,サブカルチャーの細分化と共にお互いを異物として認識しながら差異を語りアイデンティティを維持するような状況が「あいつらとは違う」けど「結局似た状況にいる」という「系」を為したのかもしれない.
あらためて「
族」と「
系」を辞書で引くと,族は血族的な関係,系はある関係のもとにつながったものを指しているとある.そういう意味で,○○族は生態的に近い状態で,○○系は関係があるだけで個々は違う状態と認識しやすいかもしれない.
話を秋葉(アキバ)に戻そう.
自分は初めて秋葉原に立ったのが17歳のときで(パソコン通信PC-VANのoff会でウィークエンドフリーきっぷを使ってやってきた!),その当時はPC-9801にCyrixの石を載せるような時代だった.その後一浪して東京に出るまで,自分にとって秋葉原は家電,電子パーツ,そしてPC-98x1(あとX68000が生きている)の街であった.その後ゆっくりと,秋葉原は自作PCの街へと変化していった(ほかにも変化はあったのだろうけれど).
さらに99年頃から自分は音楽同人サークルをはじめるようになり,黎明期のメイド喫茶カルチャーと組んでイベントなどを画策する流れに乗っていく.
もう言うまでもなく,その後は美少女ゲーム,萌え,メイド,ロボット,アイドル……今の雑多な「アキバ系」ができあがっていった.
もちろん歴史を遡れば,闇市から市場の時代もあり,その時代のお店(主に飲食店だが)が未だに秋葉原に生き続けていることもわかる.
少し秋葉原をかじった人にありがちな台詞が「今のアキバは何かちがうんだよねー,昔はこう,もっとさー」という類のものだ.大抵,その人よりもっと古い秋葉原を知っている人に論破されるのだが,彼にとっての秋葉原は彼の経験してもっともアツかった秋葉原なのだと思う.
しかしその彼の好きだった秋葉原は急激に衰退し(かわりに他の何かが大きく進出し),残るお店はある意味生き残った勝ち組なのだが,その安定ぶりにつまらなさを感じてしまうのだ.新しく進出した業界は彼にとって「違う秋葉原」となり,生き残ったお店に対しても「昔は良かったのに」を繰り返す.今だとちょうどメイド喫茶がその時期にさしかかっている(人によってはとっくに来ている)かもしれない.
ところで,彼らは今でも「秋葉(アキバ)系」だろうか?
結局のところ,秋葉系はアキバ系であって,秋葉族・アキバ族ではない.途中の族と系の比較に書いたとおり,族は皆が同一の行動を求める集団であり,系はなにかしらの関連があるだけで行動はバラバラなのだと言える(なので局所的にアキバ系
フィギュア萌え族とかいうものが形成されたりメディアによって形成させられたりする).
そしてアキバ系はその系に属する様々な人々の趣味趣向を(理解できなくとも)許容できる姿勢であるべきなのだろう.行動はバラバラであったとしても,外界から見れば「系」なわけで,お互いに良くありたい思いをもち,尊重し,系の中に共存すべきなのだと思う.
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# あれ.俺はこういう結論が述べたかったのか?
・アキバ系を主張するのはナンセンスだがアキバ系という用語は使えるし自己主張に便利
・主張する奴らが現れなければ系も全体として変わらなくて「新しい」楽しみがない(限界効用説的に)
という話が抜けてしまったorz