昔、漠然と昔、日常の会話で政治の話をすることはあまりなかったと思う。野球と政治の話は避けろ、なんてことも言われていた。
90年代中盤、自民党一党体制が崩れて連立がどうのこうのと動いた時期に、とんねるずのテレビ番組だったかな、人形劇で政治の話を取り扱っていた。お笑い番組で政治の話に切り込んでいたので、「避け」ていた人としてはいい意味でショックを受けた。ただ、その頃は政策の中身は知らなかったし、党がどう合従連衡したかとか、失言を揶揄するような内容だったかと思う。
その後2000年代に入って小泉郵政劇場だとか、リーマンショック、仕分けの民主党政権、震災、安倍長期政権と時代が流れる中で、自分自身は相変わらず政治の話は避けたい気分が強かったように思う。
相変わらずメディアの政治の取り上げ方は、スキャンダルや言葉の揚げ足取り、政治とカネの問題が中心で、国民生活がどうなるとかいう話はあまり扱われていない気がした。
一方その間に、私は結婚して子が生まれ、稼いで家族を支えなければいけない立場となっていた。そうなると景気は上向きのほうが良いし、税金は払わねばならないし、「先行き不安」というものが自分に深く関わる現実的なものとして感じられてくる。年金、税金で損していないか、税金で損したにしても回り回って世の中に貢献するような使い方になっているのか、気にするようになってくる。
こうして、政治の話は日常の会話の中に入ってくるようになった。ただし、テレビや新聞など既存メディアで取り上げるようなスキャンダルやカネ問題の追求ではなく、本当に政策が国民を豊かにしているのか、という本質的な方向でだ。
自分の意識がそちらに向いたからなのか、それとも本当に世の中全体がそうなってきたのかはわからないが、ネットでも現実に会う人との間でも、政治の話題は増えてきたように感じる。特に、税金等の国民負担率が4割を超えるあたりから顕著に感じる。やはり生活に直結する問題が多く噴出しているのだろう。
近年多くのSNSが、純粋なタイムラインではなく、話題の傾向を把握した流れを作るようになっているため、「お友達同士の日常的な話題の交換」が薄れ、傾向によっては私が昔避けていた政治の話が流れてきたりもするようになった。もちろん「そういうのはいらない、昔の交流の場を返して」という気持ちもわかるのだが、そもそも生活が成り立たなかったら交流も何も無いのである。故に、私は昔の殻を破り、政治の話をしなければならないと思い始めた。
年末に見た、京大の浜崎洋介特定准教授の話が非常に染みた。景気が良かった頃には、政治の話や就職の話などは二の次で、なんとか好きなことをやりたいという若者がたくさん存在できた。景気が悪くなれば小さく守りに入って生活するためだけに生きることになってしまう。これの原因は自助努力でもなんとなくの世の中の雰囲気でもなく、明確に政治、政策が悪い。しかし何度政権交代しても改善されないのは、与党も野党も誰も経済がわかっていないまま、ひたすら税金を取り続けるからだ。
じゃあどうすればいいのか。経済がわかっている議員を多く誕生させて政治を変えるしかない。そのためには、我々が政治と経済を理解しないといけない。そういう話も、今後はしていこうと思う。
浜崎洋介氏の話は下記YouTube動画で。