『あのキス』の舞台は仙台か!?

ここのところ愛読しております缶乃『あの娘にキスと白百合を』

表紙・タイトルの通り、百合モノなわけですけども、これがまた良いんですよ。
感情の動き具合とかね、学園生活の中でのストーリーだとかね。

で、読んでいくうちに引っかかったシーンがありまして、
第5話『さらばストロベリー・エイジ』の最後の方に、見覚えのある場面が。
(Kindle版よりキャプチャして引用、以下同)

これ、仙台駅前だよね…
(実際に私が行って撮影、以下同)

微妙な違いはあれど、仙台駅だよなぁ、この作品の舞台は仙台なのかなぁーとホワホワしておりました。
タイトルにもかぶる白百合学園中高もあるしねぇ(見たことないけど)


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落語心中を見よう。あと山寺宏一の落語

「昭和元禄 落語心中」

地上波でもちょっと見てましたが、Amazonプライムビデオで無料配信してたのでその後はもっぱらそちらで見ています。

前後して私も東京で落語を見に行くようになりまして、
個人的には話の理解が同時進行だったので面白みがすごい。

1期2期と見続けてますが、なんか、染みるタイプの感動っていうのか、
日本的で、いいなぁと思いますわ…

画面に出てくる町並みも向島、浅草、戦前の都内…
そういう描写も楽しいです。

あと話を理解する上で花街の仕組みも知らないといけませんが、
まぁ今どきはちょっとググればすぐわかりますしね。

 

公式サイトで導入部分のダイジェストがありますので(それでも20分あるけど)
こちらを見てみて後ろを見るかどうか決めたら良いと思います。

アニメ「昭和元禄落語心中」

話の途中から出てくる重要人物、二代目助六の声優が山寺宏一でビックリでした。
まぁ落研にもいたし、適役なのかなーと思ってましたが

演技派と呼ばれる関智一さん、山寺宏一さんらベテラン陣の新たな挑戦 | アニメイトタイムズ
実際に落語をやってのオーディションだったんですねぇ。

山寺宏一が「古今亭志ん朝の落語」を見たあの日 | カルチャー情報サイト「yoppy」
寄席エピソード、できすぎじゃないのーw

落研、山寺宏一と言えば、私の中ではGAP SYSTEMの人ですので
CD「うしろめたい気持ち」の中の1話、「蛇含草(じゃがんそう)」を思い出さずにはいられません。

冒頭に挿入されるラジオの落語番組も山寺本人でしょうし、
話自体も落語「蛇含草(じゃがんそう)」が前提の話なんですよね。
最初聞いたときは蛇含草を知らなかったので意味がわからなかったんですけども、
わかればなるほど納得、リスナーに落語の知識を要求するすごい話でしたね…
(94~5年当時の声優ラジオを聞く層がそこまで理解していたのか?してないだろうなぁ)

頭の悪いパナシ7 – どこからが完成?

10分トーク『Nacky × DJ TECHNORCH – 頭の悪いパナシ』の7回目です。

●曲の完成ってどうなったら完成なの?
●創作する人間は必ず陥る「(自分)天才病と凡才病」
●天才病の特効薬は「実家の**さん」

完璧を目指そうとすると、いつまでも完成しないという話は有名だと思うんですが、
Facebookの座右の銘とされる「Done is better than perfect」は、わかりますねぇ。
ザッカーバーグの名言は本物・偽物どっち? – Hagex-day info

1つを完了(あえて完成とは言わないことにしましょう)すると、
「こうすればよかった、ああすればよかった」という感情が生まれてきます。
それを、次の作に向けるためには、完了したものを完成したことにして、
さっさと外に出してしまうことだと思うんですね。

ここで完了、完成にしておかないで、また手を入れる方向にもどると
いつまでたっても完成になりません。
そうしているうちに「いつまでも完成できない自分」に嫌気がさしてきてしまって、
気持ちが落ちていきます…

じゃ、どこに完了・完成のレベルを持ってくるのかという話なんですが、
これがいつまでも決まらないんだなぁーw
仕事なんかで納品の仕様が決まっているなら、それが満たされていればOKなんですけども、
そうじゃない部分で、自らのこだわりをどこまで入れ込めるかとか、そういう領域は
本当に決まりません。

他人に見てもらう、実家の母に見てもらうというのは、
客観視して問題ないかどうかを確認する作業、
つまり、完成のレベルとして十分か、
利用者側として(最高ではないにしても)問題ないかどうかを確認する作業なのでしょう。

面白いのは、見せる(聞かせる)瞬間に自分の中ですべてが解決してしまうというところ。
つまり相手なんかいらないことになっちゃうのに、
でも相手が必要。

でもペッパー君とか対話ロボットに見せるのとは、まだ違う感じですねぇ…
人間であるという文脈が必要な感じ。

話題から外れますが、ペッパー君が同じことを繰り返し言ってきたりすると、
危ない感じがしてイイですよねw
あと電源を落としたときのペッパー君の姿な…

もしかしたら子供がペッパー君を見てるときの気持ちは、
ロボットという中身がわかっている大人が見るときとは、大きく違うのかもねぇ…

そう、自分がこう思った、認識したからといって、
周囲の人間も同じように思って認識しているとは限らないのですよね。
でも同じものを見た状況だけを前提に、同じものを理解しているとして話をしがち。

文脈のあるなしの話をしているのに、簡単に「認知行動療法」なんて言葉を使ってますね。
詳細はググっていただくとして、検索するとうつ病に対する効果がやたらと出てきます。
が、うつ病まで行ってなくても、そんなのまったく関係ないと思っていても、
認知行動療法で言われている「感情と行動の関係」を知っておくと、
悩みやストレスがすっきりとしてきます。

この本はやたらと気になるようで、私も4人にプレゼントしましたし、
購入した人も多い感じです(私視点)。

頭の悪いパナシ6 – 本を読んでどうするの?

10分トーク『Nacky × DJ TECHNORCH – 頭の悪いパナシ』の6回目です。

●すごーい!あなたは年100冊本を読むフレンズなんだね!
●「年100冊ぐらい本を読んでないと話にならないですよぉ〜」
●小説を行間まで読み尽くすのが1冊だとするとビジネス書のフォトリーディングは0.1冊ぐらい?
●大切な部分の行を写真で撮る人テクノウチ

今回は本を読むという行為について。

そもそも本だってメディア(媒体)なわけで、
読まなくていいと思ったところは読まなくていいんです。

雑誌や新聞を隅々まで読まないと「読んだ」とは言えない?
そんなことはないですよね。

でもこれが書籍1冊になると、なぜか最後まで読まないと「読んだ」と言えない感じになる。

物語、小説だったら、ストーリー完結まで追わないと「読んだ」ことにはならないかも。
ビジネス書とかHow toモノ、技術書なんかは隅々まで読む必要がないんですよね。

目的が「その本に入っている情報から欲しいものを手に入れること」であれば、
別に本をめくらないでオーディオで聞いても同じ事ですよね。
なので「本を読む」という行為自体を比較するのはもうナンセンスだと思うわけです。

でも、数字で比較したいし、参考にしたいんだよね…

私、4年前だったかな、フォトリーディング集中講座を受けました。

フォトリーディングのオフィシャルサイト:フォトリーダーズ.JP

で、使っているかというと?
…半端に使ってるかなぁ。

抜き書き、写真コラージュなど、本の内容をまとめるという作業をすることは、
記憶に定着させるのに非常に有用だと思います。
フォトリーディングでも、中心となるフォトリーディング後にこういうまとめ行為をします。
能動的に本に向かう行為が必要なんだろうなぁ。

まぁ、どんな本でも知識でも、頭に一回入れておけば、そのうち役に立つことがあるよ。

↑レビューを良く見て判断してください

頭の悪いパナシ4 – 集団の中で人と違う行動を取る是非

10分トーク『Nacky × DJ TECHNORCH – 頭の悪いパナシ』の4回目です。

●クラブ/ライブハウスで地蔵は迷惑?
●最前列で次のアクトを待ち続けるのは迷惑?
●レイヴァーは踊りすぎるから迷惑?
●ヲタ芸は動きが激しすぎるから迷惑?
●クラフトワークの(日本での)ライブでは動くのは迷惑?
●空気を読まないのは迷惑?

「結局、迷惑ってなんじゃいな?」という小学校の道徳では深く考えないような、
大学で自分社会の哲学か社会学あたりで議論しそうな話を深く踏み込まずに喋ってますが、

みんなと違う行動をしたら迷惑がられる。
でもそれでもその行動がしたい、誰がなんと言おうとしたい

みたいな心の葛藤が楽しいんだよなぁ。
楽しんでるあたりが人間的だと思うんですわ。

もちろん、周りと同じ行動をする方向でもいいんです。
なんとなくやるんじゃない、自ら選択してその行動をしているんだと自覚すること。

これってすごく「生きてる」感じがしませんか?

 

その他資料(?)

渋谷の交差点で立ち尽くす例

Kraftwerkの電卓でお客さんの声が入ってるやつ

Square Sounds Tokyo 2015のときのお客さんの盛り上がり

クラブやライブの楽しみ方はいろいろあるよなぁ…