頭の悪いパナシ 75 – 我々は記号情報を食ってる

10分トーク『Nacky × DJ TECHNORCH – 頭の悪いパナシ』の75回目です。

●本物・銘柄・国産を担保してもらっている食品・お酒の方が、全くのブラインドよりもおいしい「気がする」
●こんだけ高い電源とケーブルを使ってるんだから、少しは音がよくなっている「気がする」
●ヴィンテージ機材「いやぁ、やっぱり実機は違いますねぇ」
●クローンソフトウェアじゃなくて実機で録ってるとありがたい感じがする
●TB-303クローン聴き比べ会に行った話
●ただ見る・聴く・食べるよりも「これは**を**したもので」と技術・過程を説明されると素敵・カッコいい・おいしい「気がする」
●「**のおいしい水」を「東京都の水道水」だと説明されて飲んでみよう

ジングル・告知ボイス:宇宙★海月
キャラクターアニメーション:ガしガし

我々は記号情報を食ってる、という面もある。

なんだか美味しんぼで批判されるような成金グルメ指向みたいな話にも通じるかもしれませんが。

嗜好、思考も、まったくゼロから自分で築き上げてきたわけではないですから
外部からの情報を取り入れて積み上げてきたものですから、
そりゃぁ外の影響はあると思います。というか無いとウソですわな。

で、そこに積み上げられたエピソードもまた、
楽しみの内であると考えた方が、なんか説明しやすいかも。

美味しいものはただそれだけで絶対的にうまい、というのも
なんか窮屈な考え方じゃないかなぁと。

頭の悪いパナシ 74 – 自信のなさ、恐怖感、どこからくるの

10分トーク『Nacky × DJ TECHNORCH – 頭の悪いパナシ』の74回目です。

(以下は全てDJ TECHNORCHの話です)
●私には自信がない、のでDJ TECHNORCHの楽曲は無限に音数が増えます。
●自分がない、のでハマるものが数ヶ月で全部変わり、しかも重心ごと移動します
●明らかに性欲合体のイラスト紹介を毎日するのは、分かってもらえる友達が欲しいし、性欲ごと発露して失う程のモノの程が自分にはあると思えないから
●新しい興味の対象に重心ごと移動してしまうのは、元の場所で何かを失う程積み上げてきた自信がないから
●私はツイートする時、放送する時、DJする時、全ての真っ最中に「こんなことをしていて大丈夫なんだろうか?」と常に不安に思い、それを誤魔化すために即座に次の活動を始める、自信がないから。

ジングル・告知ボイス:宇宙★海月
キャラクターアニメーション:ガしガし

恐怖ってどこで植え付けられるんでしょうねぇ。
オバケこわいー、とか、災害がこわい、みたいな原始的な恐怖はいいとして

人前で話すのが怖い とか
空白を開けてしまうのが怖い とか
集団から孤立するのが怖い とか

究極的には
完璧じゃないとダメ とかね。

これ、自分が恐怖として感じてしまうだけで、
別に世間的にはどうってこともない場合もあるんですよね。

でも自分の中には恐怖を感じる「認知」があるわけで、
そのおかげで行動できなくなってる人ってたくさんいます。
私も例外ではなく、というか、みんなそうなんじゃないのかな。

その認知を変えると、行動ができるようになる。
あら不思議。恐怖じゃなくなるから。

外の人に、「みんなと違うね」とか言われるのって
やっぱり恐怖に変換されてしまうんだろうなぁ。

それで、自分が今までやってたことを否定されたような気がして
自信がなくなっていく。

隠れてオタクやってるんだけど晴海(有明)では元気!
みたいなのも、そういう現れだったかもしれない。

テクノウチの「せっぱたくま」を指摘しておきながら
自分でも「焦燥感」を「そうしょうかん」って言っちゃってるなw
「しょうそうかん」です。

the beauty of silenceは、言いたかっただけですw

心の断捨離、みたいな話にも触れてますけども、
捨てても大丈夫だ!と思えるためにも、自分の認知がどんなもんなのか
見つめ直す機会があると良いと思います。

↓こんなのとかで

頭の悪いパナシ 73 – 差別と思うのは差別を知ってるから

10分トーク『Nacky × DJ TECHNORCH – 頭の悪いパナシ』の73回目です。

●知る満足感を買う、知らないで済む満足感を買う、時間を買うことと、時間を買わない満足感を得ること
●中国人団体客だけ別室に移すホテル。文化の違いを知っている・知らないことと、分けられることを知っている・知らないこと
●満足感をあげるためにエコノミークラスの客はファーストクラスの座席を見ないで済むように案内され着席する
●ディズニーランドでは逆にファスト・パスのユーザーは長蛇の列を横目にそこを走り抜ける優越感がパス代金自体に含まれている
●同様に時間をお金で買う、ソシャゲにおけるガチャ・システム。無課金という誇りもまた満足感に

我々、差別はダメ!と教育されてきていますが
区別は必要!とも思いますし
金の力で便利になる反面、平等が崩れるような感覚もありますよね。

そもそも平等じゃなきゃダメだったんだろうか…
ああ、でも差別はダメな感じがするよね…自分が逆の立場だったらどうよ?とか
道徳で考えさせられてきたものねぇ…

でも世の中の当たり前のことだってあるし
利便性で区別してるだけなのに、
差別かもしれない!と敏感に反応してしまうのは、
自分がそういうのを差別だと思っているセンスを持ってるからですよね…

とまぁ、そんなことでいちいち歩みを止めているのもなんだか損だなぁと思います。
ある程度は鈍感になることも必要かもしれません。というかもともと鈍感ですのでw

頭の悪いパナシ 72 – 独裁できるメディア

10分トーク『Nacky × DJ TECHNORCH – 頭の悪いパナシ』の72回目です。

●他社のシステムに完全に依存しているとある日意味不明な理由で消える
●今や印刷物の方が表現は圧倒的に自由で、ネット上の方が書けない範囲が広い「続きは本誌で」
●圧倒的多数のユーザーを抱える超大企業は、自衛のために理不尽と言えるレベルの一律ルールを持たざるをえない
●沈黙は金。

ジングル・告知ボイス:宇宙★海月
キャラクターアニメーション:ガしガし

よく、メディアには公平性が求められていると言いますが
誰がこの公平性を求めたんでしょう。

表現の自由ってありますけど、
公平性を求めることと表現の自由はぶつかってませんかね。

という、今まで当たり前に思っていたことを、あらためて考えると、
おお、実は人々の都合でそのへんの線引きが決まっているのか、と気づかされます。

(既存のマス)メディアってすごい強力なんですよね。
すごくたくさんの人に届くから。

洗脳とまではいいませんが、強烈に情報や思想を埋め込むことが出来ちゃう。

オルタナティブなチャンネルが力を持ってきたおかげで、
マスメディアの力は下がってきているとは思いますが

特別に手段を用意しなくても、いつでも接することができる新聞ラジオテレビは
今でも強力です。

強力であるがゆえに、放送法だとか電波法だとか
いろんな法律で縛られています。
この法律を決めた背景には、その強大な力の使い方を誤らないようにという思いがあるんでしょうねぇ。

で、そのオルタナティブなチャンネルを主に担っているのが、
インターネット上のSNSをはじめとするコミュニケーションチャンネルです。

しかしそこは、既存マスメディアと違って規制がないんですね。
なんとなく公平性が求められているのはわかるんだけど、
実は独裁が可能であるという。

独裁がイヤだったら出て行って、他のサービスを使えばいいじゃない
ということもできますが

ゼロからの再構築は、とても大変だものねぇ。

独裁というと偉そうですが、企業だからお金に従うと考えれば
広告主に配慮した記事構成、表現規制になってきますよね。

表現規制だとか、削除だとか、そういう話の裏にも
常にいろんな立場の人がいることを意識しておきたいですね。

頭の悪いパナシ 71 – あなたは時間を使っているんです

10分トーク『Nacky × DJ TECHNORCH – 頭の悪いパナシ』の71回目です。

●スマホよりも明らかに楽しいことがあるのに、ついスマホに時間を奪われる日々
●ソシャゲのゲームシステムのかなりの部分が「モチベを上げる」ことに使われている
●いつでも始められていつでも終えられる読書よりも遥かにモチベのハードルが低いスマホ
●人は何をするにもそれなりの集中力が必要だけれど、現状の生活で最もその集中に割り込んでくるのがスマホ
●あえて極端にハードルの低いもの(スマホ)をやる時に「やるぞ!」と言ってみよう

ジングル・告知ボイス:宇宙★海月
キャラクターアニメーション:ガしガし

どんな人間にも、平等に時間は流れます。
その時間を何に使うかは人の自由です。

だからこそ、惰性じゃなくて、自ら選択して、時間を使いたいなぁと思うんです。

もう一つ、集中と割り込みの問題があります。
集中状態になるまで15分ぐらいかかるので、
濃密に時間を過ごしたければ、集中を解かない環境に自分を置くべきでしょう。

割り込みを排除して、集中する。

これで割り込まれて再集中するまでの時間を無駄にしないで済みます。

まぁ、でも、割り込まれたい欲求が自分の中にあるなら、それはそれでいいと思います。
惰性じゃなくて望んで割り込まれる状況。
他の人とコミュニケーションしたいわけですからね。

電話野郎の話は、27回目でした。
頭の悪いパナシ27 – つながりたい vs 割り込まないで | Nacky – Snowland.net

最後に「ソーシャルぼっち」という言葉を思いついてしまいましたが、
ちょっと違うなw